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  • 斎藤 淳子

暑さと渇きを癒す庶民の果物 北京の夏は西瓜にあり!


「夏」といって浮かぶのは、日本では海と山、花火とかき氷だが、ここ北京では開放的な大陸の夏を象徴する西瓜だ。

地面に山積みされた深緑の大玉西瓜と不揃いに切った真っ赤な西瓜が並ぶ店先。上半身裸で店番をする叔父さん。怪しく光る裸電球。板を渡しただけの簡易ベッド。地面に置かれたちゃぶ台とそれを囲む小さな椅子。かつて良く見た夏の景色だ。

残念ながら、近年の猛烈な人口削減策で街の露天商は絶滅寸前だが、我が家の隣の大学敷地内にはまだ一軒、そんな夏だけの臨時西瓜専門店が残っている。今は、西瓜の測り売りのみだが、かつては横に置かれたちゃぶ台に座り、その場で食べることもできた。中国版西瓜パーラーといったところだ。

日本ではいつしか、西瓜は三日月形にカットされて売られる上品な果物に変わってしまったが、中国ではいまだに値段を気にしないでたっぷり食べられる庶民の夏の果物だ。最盛期なら5キロの大玉で約15元(約250円)と他の果物と比べてもかなり安い。スターバックスのグランデサイズのラテ1杯分(31元)で大玉の西瓜が丸々2個買えるといえば、安さを分かってもらえるだろう。

同じ西瓜でも所変われば食べ方も変わる。日本では西瓜といえば塩。一方、中国では昔はお砂糖をかけたこともあるそうだが、今はそのまま食べる。イタリアでは、西瓜をフォークとナイフでお行儀良く食べると聞く。中国では、日本同様に切り分けてかぶりつくほか、大きな西瓜を半分に切り、スプーンで掬って食べるスタイルも人気だ。いずれにせよ、たくさん気軽に食べられる開放感が魅力だ。

英語で「ウォーターメロン(水の瓜)」というように、西瓜は水分補給にはもってこい。だから、北京でも水感覚で食す。漢方的には炎天下でほてった体を冷ましてくれるので、熱中症予防にも理想的だ。原産は南アフリカで、エジプトの壁画にも西瓜栽培の様子が描かれている。その後、中東、シルクロードを経て唐が亡びた後の5代時代(9~10世紀)に中国に伝わったとする説が有力だ。

なぜ西瓜という名前になったかというと、中原に住んでいた漢族から見ると「西」域から伝わった「瓜」だったからだろう。そして、日本語の「すいか」という発音は中国語の「シーグア」由来であるのは想像に難くない。中国から日本に西瓜が伝わったのは室町時代(14~16世紀)以降という。

こうして西瓜は西から東へと伝播したが、その後、数世紀を経て、1980年代に日本で品種改良を重ね、さらに美味しくなった西瓜が再び中国に伝わったことを知る人は少ない。

現在も北京で人気がある「京欣」西瓜はエリザベスメロンを開発した日本人農技術者の故森田欣一氏が1987年に北京蔬菜研究センターと協力して開発したもの。在来種と異なり、糖度が高く、皮が薄く、生産性が高い京欣西瓜が誕生し、北京の「京」と同氏の「欣一」にちなんで「京欣一号」と名付けられた。惜しみなく協力した日本人技術者とそれを心底喜んでくれた北京の研究者たちの心意気を彷彿とさせるネーミングは、日中協力の宝だ。

いまや、中国は世界の西瓜の3分の2を生産する西瓜大国となった。大きく無骨だが気取らず、夏の日にたっぷりとカラダを潤し、癒してくれる西瓜。大陸らしいおおらかさ溢れる西瓜は今年も山積みで売られている。北京の開放的な夏は西瓜とともに、もうすぐ真っ盛りを迎える。

中国新聞週刊 2018年9月号 連載 北京暮らしの流儀 

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