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  • 佐渡 多真子

日本兵慰めた異国の桜


20歳代で初めて車を買った。夜桜を見上げながら走りたくて、オープンカーがものすごく欲しかったが、駆け出しカメラマンの私にはサンルーフ付きの中古車が精いっぱいだった。それでも毎年、車の中から友人と見上げる桜は絶景だった。

北京に住むようになって十数年。桜の季節になかなか一時帰国できず、毎年、桜を恋しく思う。北京にも桜の名所がいくつかあるが、花が小ぶりでちょっと物足りない。

桜の季節が近づいた先日、中国の日本語誌「人民中国」から湖北省・武漢大学の桜を撮影する依頼を受けた。桜は眺めるには良いが、撮影するには難しい花だ。それに私は中国の桜にさほど期待しておらず、気乗りしないまま現地へと向かった。

驚いたことに、武漢大学の桜は、日本の桜と変わらないほどに大きい。りんとして、たおやかに咲いていた。日本より早咲きなのか、3月中旬ですでにほぼ五分咲きだ。小雨にもかかわらず、多くの観光客が桜の下で楽しそうに記念撮影をしていた。

武漢大学の准教授の案内で、さっそく一番の名所という大学院生宿舎付近の「桜通り」に向かった。200メートルほど続く小道の両脇には、見事な桜が連なっている。中ほどまで歩くと、中国独特の「瑠璃瓦」の屋根にローマ風アーチ門の建物があった。「綺麗な建物だな」と立ち止まると、准教授が説明を始めた。

「ここは老斎舎といい、日本軍の占領時代に軍が陸軍病院として兵士を寄宿させていた所です。その時、兵士の慰めになるようにと軍が桜を植えました。それが武漢大学の桜の由来です」

なんということか。車のサンルーフから幸せに桜を見上げていた頃の私と同じ世代の若い兵士たちが、かつてここにいたのだ。彼らはどんな思いで桜を眺めていたのだろう。仲間と国への忠誠を誓っていたのだろうか。ひとり故郷の愛する人を思っていたのだろうか。軍歌を歌っている兵士たちの姿も浮かんできた。知らず知らずのうちに、私は唯一知っている軍歌の一節を口ずさんでいた。

〈咲いた花なら散るのは覚悟/見事散りましょ国のため〉

ここまで歌うとたまらない気持ちになり、途中から声が出なくなってしまった。

他人のために自分を犠牲にするという考え方は美しいかもしれない。だが、人が国のために死ぬのではなく、誰一人の命も散らさない国を作ることの方が大事なのではないか――。

いつの間にか、私はここにいた兵士と、兵士と同世代だった頃の自分を想像し、頭の中で視線を行き来させていた。兵士たちは私には何も語らない。兵士の「子孫」にあたる私は、小さな不満はあっても、平和に幸せに暮らしていた。

メディアは連日、世界で起きている紛争や各国間の摩擦を報じている。日本も平和な暮らしがずっと続くという保障はない。そんな時代だからこそ、今を生きる一人一人が、一人の命も散らせない国づくりを真剣に考えるべきではないのだろうか。そんな思いが込み上げて来て、私はしばらく、元陸軍病院の前で立ちすくんでいた。

軍の植えた桜は今ではほとんど枯れてしまったという。今の武漢大学の桜は、1972年の日中国交回正常化に際して日本から贈られた一部と、その後に日本の各地から寄贈されたり、大学で株分け、繁殖されたりしたものだという。

桜に抱く思いは、人それぞれでいい。どの桜も平和に咲き続ける世の中であってほしいと、強く願う。

 (読売新聞国際版 2017年3月22日 掲載)

写真キャプション

①「老斎舎」の周りの桜並木

②日本軍が陸軍病院として兵士を寄宿させていた「老斎舎」

③武漢大学の桜を楽しむ中国人観光客


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