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  • 栗田 路子

海外女性通信<特別篇> ブリュッセルを襲った卑劣なテロ。 そのとき市民が撮った行動は


またもや国際都市が狙われた。空港と地下鉄駅で起きた連続爆破テロ。未曾有の混乱の中で、20年以上ベルギーに暮らすライターは、ブリュッセル市民の強さを目の当たりにして―――

2000以上もの国際組織が集まる街で

3月22日火曜日の朝、私の住むベルギーの首都ブリュッセルは、IS(イスラム国)による同時多発テロによって、突然、恐怖の濁流に呑みこまれていった。死者・負傷者合わせて約300名。東京のようなメガタウンと異なり、人口120万足らずの小さな都市ブリュッセルでは、知り合いや親戚をたどれば、誰かしら被害にあった人に到達することを意味する。無残に破壊された空港ビルも地下鉄も、慣れ親しんだ日常の生活の場であり、テレビに映しだされる生々しい映像の中に、自分や親しい人がいるような錯覚を覚えた。

同じくテロ襲撃を受けたニューヨークやパリに比べると、ブリュッセルは日本人には印象が薄いかもしれない。今回のニュースも、この記事が出るころには、日本の大手メディアや人々の記憶からかき消されてしまいそうだ。

ブリュッセルはフランス、ドイツ、オランダ、イギリスなど欧州の列強に囲まれた小国の首都に過ぎない。だた、この地域は、有史以来、ローマ帝国のシーザーが、ナポレオンが、ヒットラーが次々と侵攻して覇権を争った地。また、交易で栄えたため、欧州中の商人が行き交う「ヨーロッパの十字路」だった。

第二次世界大戦後は、欧州連合(EU)の主要機関がブリュッセルに集中し、4万人以上の職員が働いている。北大西洋条約機構(NATO)本部もあるため、2000以上もの国際組織やロビー事務所がひしめきあい、ブリュッセル市民の40%が非ベルギー人と言われるほど外国人比率が高いのだ。国として見ると、様々な血筋を背景にした人が多いので、公用語の蘭・仏語に加え英語を含めて合計4、5か国語操る人も珍しくない。小さな面積に、多言語の多民族が隣り合わせで生活していることから、「欧州の縮図」とも、「欧州の首都」とも呼ばれる。

多民族・多言語国家は他にもあるが、ここの空気がちょっと違うのは、「ベルギー」としてのまとまった国民性や強い愛国心というものが薄く、そのためひとつの価値観への同調圧力がない点かもしれない。ちょっとシャイな性格のベルギー人は、大国にありがちな独善性や押しつけがましさがなく、斜に構えた皮肉たっぷりのユーモアで自己表現することがうまい。ベルギービールやチョコレート、フリッツやゴーフルがひそかな自慢。国や会社よりも、家族や友人と和む時間をこの上なく大切にする。

外国人や異民族も含めて、民主的ルールを守りさえすれば、誰もがありのままで受け入れられるので、よそ者にも極めて居心地がいい。ところが、2015年11月13日に起きたパリ同時多発テロ犯の多くが根城としていることが報じられると、ブリュッセルは世界中から「テロリストの温床」とまで呼ばれるようになってしまった。国内の複雑な言語事情のせいだとか、移民の徹底した同化政策がないからだとか、したり顔の批判もあるが、それはどんな少数派にも寛容で生きやすい社会であることと表裏一体でもある。

そして、パリ同時多発テロ以来、ベルギー人の誰もが「いつかは起こるかもしれない」と予感していたテロは、3月22日、とうとう現実となってしまった。

人々は勇気を出して、外に繰り出した

空港や地下鉄が爆破され、公共交通機関がすべて止まった警戒レベル4の非常事態下で、人々は自宅にこもり恐怖に震えた。その後、テレビで流されたのは、警察の特殊部隊や軍隊が、ロボットやドローンを駆使してテロ犯と攻防を繰り広げる驚愕の光景。警察の調べによれば、原発テロまで計画されようとしていたという。まさに、SF映画か戦闘ゲームさながらの現実が次々と報道される。

それでも、ベルギーでは、「これは戦争だ!」と雄々しく叫ぶ政府も、国歌を勇ましく歌って士気を高める市民もいない。人々は、このテロを、ベルギーを狙ったというより、欧州が標榜する、民主的で寛容な市民社会への挑戦と感じているからだ。

パリのテロ以降に見直された医療体制は見事なまでにスムーズ。最高警戒レベル下での地下鉄や学校の閉鎖も、テロ犯に捜査情報を提供しないためのメディアによる報道自粛も、15年パリ同時テロ時に経験済み。当時は過剰警戒との批判もあったが、おかげで今回、市民の動揺も混乱もほとんどなかった。

テロ発生後2日目になると、フェースブックやツイッターなどのSNSにはクリエイティブな風刺画や画像が続々と投稿され、人々はユーチューブなどを通じてさかんに思いを発信した。そして、人々は勇気を出して街に繰り出し始める。「びくびくしながら人を疑って生きるなんてまっぴら。僕らの生き方である開かれた社会を変えるつもりなんてない。それこそ、テロリストの思うつぼじゃないか。そんなのはブリュッセルじゃないよ。僕らはテロなんかに負けない。今まで通り、自由と平和を楽しむんだ」と。

旧市街の中心部には、多くの花やろうそくが捧げられ、人々はあちこちで楽器を奏で、歌で思いを伝える。どこからともなくチョークを持った若者や子ども連れが現れて、いつしか路上は平和への思いを綴る落書きでいっぱいになった。

悲しいかな、今回のテロによってブリュッセルは世界で悪い知名度を高めてしまった。日本の報道は、相変わらず凶悪テロ犯の素性やかわいそうな犠牲者のスクープ合戦にあけくれる。でも、皆さんには、意気消沈するブリュッセルを応援し、自由と平和を供に求めてほしい。平常を取り戻したブリュッセルを旅し、ベルギービールやチョコレートを楽しんでほしい。テロに屈しないブリュッセルっ子への連帯の証として。

写真キャプション

1) 旧市街の中心、証券取引所前に捧げられた花やろうそく© Michiko Kurita

2) ベルギーの画家マグリットの名画を模倣して、ベルギーの怒りを表現したイラストもSNSで話題に。(c) Kurt Valkeneers European Cartoon Center Kruishoutem にて3月27日より5月1日までブリュッセル・テロに関連した漫画の展覧会開催 

(『婦人公論』2016年4月26日号掲載)


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