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  • 斎藤 淳子

曖昧さ 中国の強み


中国にいると、「こんなことも決まっていないのか」と驚かされることが多々ある。小さいことでは、今年の小学校の夏休みがいつから始まるのか、5月中旬の今も知らされていない。大きなことでは、今住んでいる北京のマンションに、いつまで住み続けられるのかが分からない。

周りの中国人はこのくらいの曖昧さには慣れているようで、特段気にしていない様子だ。彼らの平静さにも驚かされる。

先月の新聞では、20年の期限付きで土地使用権を買い、その上に住んでいる人が契約満期を迎えたらどうなるかが話題になっていた。浙江省・温州市政府が契約満期を迎えた市民に対し、多額の使用権延長金を請求したのが発端だった。その是非を巡って、法律の専門家たちが新聞紙上で議論している。費用徴収の是非、適切な金額、さらには、そもそもこのルールを決めるべき主体はどの省庁なのか、地方政府なのか、中央の国務院(政府)なのかを話し合っている。ずいぶん呑気な話で、中国の「曖昧さ」のスケールに仰天した。

私も2000年初めに北京で家を買った。厳密には、中国では都市の土地は全て国有なので、購入したのは「70年間の土地使用権」だ。当時、私は「70年経ったらこの家はどうなるの?」と相棒に聞いたが、彼の答えは「満期だからと言って政府が住民を追い出したりしたら暴動が起こるだろう」だった。つまり、そんな事はあり得ない、ということらしい。曖昧だが、どうせ自分は70年後は生きていないだろうし、そんなものかと深く考えずに購入した。

それから15年。当時は思いもよらなかったが、この物件は10倍以上に高騰した。何だかよく分からなかったが、住む場所を確保しておいたのは正解だった。

中国社会では一事が万事、こんな感じで、曖昧なまま物事が動いている。リハーサルに臨むつもりでやったのに、振り返ってみると本番だったような感じだ。

中国経済が専門の加藤弘之・神戸大学教授は近著で、「中国は過去35年間、高度成長という優れた経済パフォーマンスを実現した」とした上で、それを可能にしたのは中国独自の「曖昧な制度」だったと指摘する。「曖昧な制度」は中国の広大で多様な風土と歴史の中で創られたゲームのルールだという。「曖昧さを意識的に温存し、積極的に活用することで、個人の自由意思による決定範囲を広げ、機動的、効率的な制度運用」が可能となったという。

曖昧さと言えば、権力の乱用を誘発するなど否定的側面ばかりが知られてきたが、実は強みもあったというわけだ。

土地制度についても、加藤教授は「曖昧な制度」ゆえに全体としてはうまく機能したと指摘する。遅れた社会保障制度の下で、土地を売って挙家離村する失地農民の大量出現を回避しつつ、資本主義経済に必要な土地の有効利用を図れたという。農村の土地は集団所有だが、私有の側面もある。細かいことは突き詰めずに、とにかくやってみてから、将来また調整しようという曖昧なルールだ。こんな理屈に違和感を覚えず、実経済が混乱なく機能するのは、確かに中国ならではかもしれない。

西欧の合理主義は物事を徹底的に細分化、明確化することを追求する。そこでは曖昧さは克服すべき対象だ。しかし、中国がわずか数十年で大きくシステムを移行させるには、曖昧さがむしろ強みとなったという指摘に、目から鱗が落ちた。曖昧さは弾力性も内包している。中国の曖昧さが「奥行き」に見えてきた。

(読売新聞(国際・衛星版)2016年5月18日 リレーエッセイ 北京 掲載)


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