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板坂真季:裸体画の歴史は繰り返す。ミャンマーLGBTアートの最前線 リッチー・テット


写真:リッチー・テット近影 著者撮影


明るくポップな色彩をまとうアクリル画たち。ギャラリーの白い壁に額縁からあふれ出すブルーの草原。小洒落たカフェのような空間だが、これがただのポップアートの展覧会でないことは、ほとんどの作品に描かれているペニスでわかる。リッチー・テットの初といってもよい個展「アチャウ」は、ミャンマー初のLGBTアートの展覧会だ。


「アチャウ」と呼ばれて


ヤンゴンでは2020年1月18日から約2週間、LGBTの祭典「ヤンゴンプライド」を開催した。ゲイであることを公表しているアーティスト、リッチー・テットの個展「アチャウ」は、このイベントの一環として開かれた。「アチャウ」はビルマ語で「奇妙な」を意味し、女性的なしぐさの男性を揶揄するのに使う。日本語の「オカマ」と同義だ。

リッチーは1995年、医師と実業家の両親をもつ裕福な家庭に生まれた。幼いころから自身がゲイであることには気づいていたと言う。

「ティズニー映画を見ても、いつも自分はヒロインの方に感情移入していたからね」。 バレーダンサーを思わせるピンと伸ばした背筋と長い指が印象的なリッチーの英語は、流暢で上品だ。最高の教育を受けさせたいとの両親の意向で、16歳でロンドンへ留学。ロンドン芸術大学のファッションカレッジへ進み、卒業後はヤンゴンの女性ファッション誌で、スタイリスト兼アートディレクターとして活躍した。

「最初は仕事のかたわら雑誌にイラストを寄稿してたんだけど、画家でやっていきたいという気持ちが大きくなってしまって」。 以前から知己を得ていた、ミャンマーの先駆的ギャラリー「ミャンアート」のオーナーキュレーターであるナタリー・ジョンストンに気持ちを打ち明けたところ背中を押され、絵を描き始めたそうだ。今回の展覧会に出したような大作を制作しだして、まだ数ヵ月しかたっていないことになる。


デビッド・ホックニーの影響


ひと通りライフヒストリーを聞いた後、彼の作品を知ってからずっと気になっていたことを聞いてみた。

「デビッド・ホックニーが好きだよね?」 それまでクールに話していたリッチーはその瞬間、ぱぁっと花が開くように微笑むとわが意を得たりとばかりに頷いた。「そう、そうなんだよ。大好きなんだ」。他にも影響を受けた画家としてあげたのは、今日のマッチョ系ゲイのイメージ確立に大きく寄与したジョージ・クエインタンスやトム・オブ・フィンランド、ポップアートの旗手であるトム・ウェッセルマンやアレン・ジョーンズの面々。すべて1950年代から60年代にかけて活躍した欧米人アーティストだ。

前者2名は欧米がまだ保守的でLGBTを社会から排除しようとしていた時代にLGBTアートを誕生させた立役者で、後者2人はポップアートというスタイルを用いて乾いたエロティシズムを表現した、いずれも時代を代表するアーティストだ。

ミャンマーにおけるLGBTアートとポップなエロの確立。画家としてスタート地点に立ったばかりの彼のビジョンは明確なようだ。そこで気づいた。この展覧会自体が、西洋美術史の裸体画史の再構成になっているのではないのか、と。


神話性と寓話性が彩る作品群


かつて、西洋美術における裸体画は、神々の姿を借りた神話世界の一場面として描かれていた。それを打ち破ったのが、1800年発表のゴヤによる「裸のマハ」だ。この絵の女性は神ではない生身の人間で、ゴヤは美術史上初めて、神話性や寓話性を排した絶対美としての裸体をテーマにした。「裸のマハ」を近代美術史の始まりとする声は多く、その後、数多くのオマージュ作品を生んでいる。

これを踏まえると、今回の出品作の多くがミャンマーの土着神や西洋の神話などをモチーフにしていることが俄然気になりだす。

たとえばこの絵に登場するのは左から、ミャンマーの土着精霊である花喰い鬼、花をくわえた霊媒師(ミャンマーの霊媒師はほとんどが女装した男性)、そして彼に話しかける邪悪な笑みの男だ。リッチーはこう解説する。

「花喰い鬼はドラァグクイーンです。世間には、この絵のような鬼として見えています。花をくわえた霊媒師は、自身のセクシュアリティについて決して語ろうとしません。話しかけているのは私自身です。口を閉ざすことはない、とね」。

こちらは「鬼(金縛り)」。ミャンマーでは金縛りは、鬼が覆いかぶさっているせいだと言われている。そうした言い伝えにのっとり、男性の裸体画を寓話化して表現。

また、左の絵はキューピット、右はギリシャ神話とインドの叙事詩「ラーマヤナ」の登場人物がモチーフ。ここまではいわば「マハ以前」だ。


マハ以前・マハ以降


そして「マハ」だ。


ギャラリーの壁一面を使って展示したこの絵は明らかに、「裸のマハ」やそれに続くエドアール・マネの「オランピア」へのオマージュ作品となっている。しかし、同時に沸く疑問は、21世紀の今、なぜマハまでなのかという点だ。リッチーの答えは明確だった。

「今のミャンマーはここまでなのです。これでも十分過激で、警察が展示中止を要請する可能性もあります。彼らが仕事熱心でないといいんですけどね」とリッチーは笑うが、ほんの数年前までアーティストを次々と投獄していたこの国では、単純に冗談として笑えないのも事実だ。


リッチーの裸体画が進む未来は


欧米の美術史ではマハ以降、裸体画は2つの方向性をもたらした。ひとつはモチーフとしての人体表現の追求。キュービズムやドイツ表現主義の画家たちはあらゆる技巧を駆使して人体を分解し、作品として再構成した。

もうひとつは政治性だ。フェミニズムの女性画家による男性の裸体画や、黒人の裸体画が描かれてこなかったことに対するバークレー・L・ヘンドリックスらの問題定義がそれにあたり、デビッド・ホックニーらによるLGBTアートもこれらの延長線上にある。

LGBTアートは自らのセクシュアリティと向き合うという性質上、ことのほか裸体画を主題とする傾向が強く、さらにはそもそも芸術というものが自身に向き合う作業ということもあって、自己の裸体をさらけ出す作家も多い。しかしリッチーは、作品の中に脇役として控えめに登場するのみだ。

「僕はシャイだからね。でも、今後のことはわからない」と率直な気持ちを語ってくれた。

そう、彼はまだ、画家としてのキャリアのスタート地点に立ったところだ。自身を深く見つめ、探求していくうちに自身の裸体画に行きつくのかもしれないし、人体を分解し始めるのかもしれない、はたまた政治性を帯びるのか、それとも過去の美術史とは全く違った方向へ飛び立っていくのか。

今現在、彼の絵はポップアートという衣でエロティシズムを薄める手法を取っているが、現在、世界のLGBTアートはそこを超え、エロティシズムを隠さない方向に進んでいる。 はからずもミャンマーのLGBTの状況を可視化させることとなった今回のリッチー・テットの個展だが、次回以降の彼の方向性はもちろん、彼に続くLGBTアーティストの登場にも多大な期待をせずにはいられない。なぜならそれは、ミャンマー美術史において検閲が支配した表現の不自由時代の、真の意味での終焉を意味するからだ。


下記写真:

「花喰い鬼の夢」  121.9×91.4cm 2019 アクリル画 著者撮影

「あなたには彼女がいるの?」  91.4×121.9cm 2019 アクリル画 著者撮影



AURA –Mekong Art Project https://auraart-project.com/


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