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板坂真季:体内からとめどなく伸びる生の触手。自身の内面に向き合うソーユーヌエの世界


(キャプション:写真:ソーユーヌエ近影 著者撮影)


光沢ある白い磁器が形造る蛇や肉片、ミャンマー土着の龍の女神ナーガ。彼女の作品に繰り返し現れるこれらのモチーフはいつも破損し、内部をさらけ出している。そして傷口からは突き出る棘のように、侵略を目論む触手のように、または欠損を修復しようと成長する肉腫のように、無数の突起がうねうねと伸びる。

ソーユーヌエは1989年生まれのミャンマー人アーティストで、アメリカとミャンマーを行き来しつつアジア各国で活躍。アメリカの雑誌『フォーブス』は、「2019年アンダー30の30人/アート編」のひとりに彼女を選んだ。


ルーツは中国系ビルマ人


ソーユーヌエが育ったのは、中国国境に近いミャンマー東部シャン州の街ラーショー。建設業を営む中国系の家庭で身内に芸術関係者はおらず、子ども時代は絵こそ好きだったが特にアートにかかわることなく過ごした。


「でも今思い返せば、身近にはいつも磁器があったわ。1995年に一家でヤンゴンへ引っ越したあとも、母と陶器フェアを訪ねて、大ぶりな磁器を一緒に買ったりしていたのよね。」とソーユーヌエ。大きな身振りを交えるでもない冷静な口調で、黒目がちの瞳はまっすぐにこちらへ向いている。返ってくる回答は常に、質問の意図に対し的確だ。


手の内の粘土と心の近さ


「両親は私が薬剤師にでもなればと、アメリカのミシガンに留学させてくれたの。当初希望していた薬学科はすでに定員に達していて、陶芸学科なら入れたのよね。そういえば磁器が好きだったなぁって」。さらっとそう打ち明ける彼女の率直さに驚く。学校を訪問した際に目にした構内展示の陶芸作品の壮麗な美しさがその決意を後押しはしたが、「どうしても陶芸をやりたい」という気持からではなかったと言う。


しかし、すぐに夢中になった。「手の内にある粘土が、私の心と直結しているような気がしたの」。たしかに制作に際して常に手の平や指と接している陶芸は、絵筆を介する絵画よりも身体の延長性が高い。


ミャンマー時代から彼女は、ビルマ族が大多数を占める中で少数派だった中国系の出自や、女性を男性よりも劣ったものと考えるビルマ社会のジェンダー問題にといった葛藤をかかえてきた。それに加え、周囲に馴染めない留学生活がもたらす孤独や疎外感。そうした様々な鬱屈を粘土にぶつけることで、なんとか生きていけたのだと言う。実際、この頃の作品は彼女自身を色濃く映している。


蛇から龍神への変容


たとえば蛇。華人にとって干支は重要で、彼女は蛇年の生まれだ。「哀しかったのは、聖書にあるように西洋社会では蛇がネガティブな意味合いで語られがちなこと。なぜだろうと考えるところから始まりました」。「緑のビルマニシキヘビ」は、アメリカで疎外される自身の分身を切り開き、吟味して提示した作品だ。


ヤンゴンへ戻ると、土着信仰における龍の女神ナーガに興味をひかれた。ビルマ族に囲まれていた少女期は自分の中を流れる中国系の血を意識していたが、外国での生活を経た後は、自身の中のビルマ・アイデンティティに目が向くようになったのだろうか。


この時期から、彼女の作品にはナーガの頭部が現れるようになる。ミャンマーでは自分が生まれた曜日ごとに守護神が決まっているが、ナーガは彼女の母親の守護神だという。ナーガの頭部もまた、割れて内部が露出している。「ナーガは英語にすると龍ですが、サンスクリット語では蛇を意味します。蛇から龍への言語における変容の過程に深く興味を持ちました」。


自己のメタファーの解体と再生


彼女を特徴付けるもう一つのモチーフは人体パーツだ。足首、手首、トルソー。それらはいつも本体から切り離され、内部が露出している。作品のほとんどに光沢のある釉薬がかかった白い磁器を用いるのは、「女性の肌をイメージしているから」だそうだ。


ソーユーヌエは作品において、自身を投影した人体パーツや蛇、ナーガを組み合わせ融合し、切り開いて内部を精査する。しかし肉体は破損されるばかりではない。割れた傷口から伸びる枝の先にはいくつもの花が咲く。これもまた彼女のメタファーだ。家での彼女の呼び名が「樹花*」なのだ。花は美しくもあり、グロテスクでもあり、それでいてその多くが血肉の赤い色や、時に煌めく金を散らしている。


そればかりではない。ぽっかり開いた肉体の深淵からは無数の突起が生えつつある。磁器製の白く小さな角はカタツムリの触角のようなぬめりと同時に、棘が伴う硬質な痛みを感じさせる。


それらはためらうように先端を内側に曲げながら、それでも幾重にも折り重なって次々と伸び、絡まり、成長していく。花も触手も、社会によって破損した彼女を補い、育て、何かを確立していくようだ。そう、ソーユーヌエの作品は、作陶を通した自身のアイデンティティの分解と再生であり、彼女が生き延びるための儀式なのだ。


ソーユーヌエの進む先


2020年3月、ヤンゴンの画廊ミャンマート(Myanm/art)で彼女の個展が開かれた。そこに出品された最新作はこれまでと異なり、釉薬のない灰色の陶器を使った大ぶりなインスタレーションだった。聞けば、最新作のような作品も、注目を浴びた白磁器のシリーズと並行して制作してきたそうだ。


今年31歳のまだ若いソーユーヌエ。もしかしたら白磁器を使った自身の内面に向き合う儀式の時間は終わり、今後は社会との繋がりへ自己を投影していく作業へと移行するのかもしれない。


我儘を言わせてもらえれば、もし作風が今後変わっていくことがあったとしても、折に触れ、人体パーツのシリーズにも取り組んでほしい。彼女の内面の変化を、その時その時の作品とリンクして想像する、鑑賞者の楽しみのために。

* ミャンマーの中国系家庭では、ミャンマー風の名前と別に中国名のニックネームをつけることが多い。


「緑のビルマニシキヘビ」  173×15×99cm 2018 磁器 著者撮影

「ナーガ女神、眼」(部分) 43×48×20cm 2018 磁器 著者撮影

2020年5月掲載 AURA –Mekong Art Projec


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