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南田 登喜子:世界はなぜ移民を排斥しようとするのか〜九割が帰属感を持つ多文化共生社会とは〜 


(写真:勝利宣言をするベレジクリアンNSW州首相)


「生い立ちや住んでいる場所、環境に関わらず、この州では誰もが最高の自分になるチャンスを持っている。長い名字の、女性が、州首相になることができる」


二〇一九年三月二三日に行われたニューサウスウェールズ(NSW)州議会選挙で即日開票の結果、与党保守連合(自由党、国民党)の三期目突入が確定し、その夜の勝利宣言でグラディス・ベレジクリアン州首相が語った言葉だ。

白豪主義を捨て多文化主義へ

「長い名字」を持つ州首相

同州首相はシドニー生まれの四八歳。一九六〇年代にオーストラリアへ移住したアルメニア系の両親のもと、家庭での会話はアルメニア語のみという環境で、三人姉妹の長女として育った。五歳で学校に通うようになるまで、英語はまったく話せなかったらしい。「長い名字」はそんな移民家庭出身の境遇を端的に表したもの。政治信条とは関係なく、ちょっぴり胸を熱くした州民は、少なくなかっただろう。


三人に一人が外国生まれの移民大国オーストラリアでは、移民家庭出身者は珍しくない。二〇一六年の国勢調査によると、「両親、あるいは片方の親が外国生まれ」と答えた人は国全体でほぼ半数近く、シドニー大都市圏に限れば六割に上る。


ベレジクリアン政権は、二〇一七年一月にベアード前州首相が任期途中で辞任したことを受けて発足したため、選挙の洗礼を受けるのは今回が初めてだった。就任当初は知名度もなく、アルメニア系の名字をなかなか覚えてもらえなかったことは想像に難くない。誤解のないように言っておくと、ベレジクリアン州首相は移民家庭出身であることを前面に出して活動しているわけではない。むしろ自己開示が少ないのが弱点だと指摘する声があるくらいだ。


選挙前の世論調査では、保守連合と労働党の支持率がほぼ互角という状態が続き、「どちらが勝っても少数派内閣は避けられないのでは?」という見方が強まっていた。潮目が変わったのは、投票日の数日前。労働党を率いるマイケル・デイリー党首による移民に関する過去の発言がニュースになってからだ。コメントの趣旨は「アジア系移民が流入して仕事を奪い、若年層がシドニーに住めなくなっている」というもの。映像は、半年前からユーチューブで公開されていたが、既存の大手メディアが取り上げて騒ぎに火が付いた。


デイリー氏はすぐに全面的に謝罪したが、その後も批判や反発がおさまることはなかった。もちろんそれだけが原因ではないものの、結果的には下院(定数九三)の過半数の四八議席を保守連合が獲得し、多数派内閣維持が決まった。敗北を認めたデイリー氏は党首続投の意向を示していたものの、結局退いている。


オーストラリアが白豪主義を捨て、多文化主義へ舵を切ったのは一九七〇年代のこと。移民制限法を撤廃し、人種差別禁止法を制定して、方針転換を明確に表明し、以来半世紀近くに渡って試行錯誤を重ねてきた。今この国が目指しているのは、多様性を尊重しつつ、同じ社会を構成する社会の一員として結束することだ。NSW州では、それを明文化した法律が制定されている。


二〇一七年、連邦政府は「多文化国家としてのオーストラリア」への決意を改めて表明する公式声明を三三カ国語で発表した。テロの脅威や極右政党の台頭等により、社会的緊張や漠然とした不安感が世界的に高まる中、移民と共にやっていく強い意志を国内外に再び示したのだ。日本語版「多文化国家オーストラリア―結束と力強さと成功を」の本文から一部抜粋してみよう。


「オーストラリアは多様な文化や経験、信条・信教、伝統が結束している、世界で最も成功した多文化社会です」


「このように様々な人々が集まって一体となっていったことは、年月を経ていく中で我が国の基盤の構築を助け、地域コミュニティを活気付け、私たちの文化体験を強化し、私たちにより多くの様々な機会をもたらしてきました。そしてなによりも重要なことに、私たちが世界を見渡す際の視野を広げ、世界との関わり方もより幅広くしてきたのです」


昨年スキャンロン財団が実施した社会的結束力や移民に関する調査(Mapping Social Cohesion)によると、「多文化主義はオーストラリアにとってよいこと」に「強く同意」あるいは「同意」する人は八五%に上る。同調査は毎年実施されており、「新しいアイデアや文化を持ち込むことで、移民はオーストラリア社会をよくしている」や「移民はオーストラリア経済によい影響を与えている」に対しても、一貫して八割以上の人が同意している。九割超の人が「帰属感を持っている」ことも、過去十年以上ずっと変わっていない。

たくさん経験を積み重ねて

アイデンティティと向き合う

とはいえ、オーストラリアも決して順風満帆でやってきたわけでなく、何度も揺り戻しを経験している。ちょっとした摩擦は日常茶飯事で、多様な価値観は時に激しく衝突することだってある。


たとえば、オーストラリアデー(英国から第一船団が到着した日を記念する入植記念日)の屋外デジタル広告に、オーストラリア国旗を持ち、ヒジャブ(イスラム教徒の女性が公の場で頭髪を隠す布)を着用した中東系の少女二人の写真が使われた時のこと。極右系のフェイスブックを発端に、「オーストラリアらしくない(un-Australian)」といった苦情が寄せられ、脅迫を受けた広告会社は広告を撤去した。


「オーストラリアらしい(Australian)」のは、すぐさまクラウドファンディングを通じて、「オーストラリアの少女たちをオーストラリアデーの広告に戻そう(Put Aus girls back in Aus day ad)」と呼びかけられこと。当初の目標額は7時間でクリアし、最終的に集まった一七万豪ドル(約一三五〇万円)を使って、全国に計一七の屋外広告と新聞七紙の全面広告が出され、五〇〇枚のポスターが作成され、余剰金は寄付された。


こういった経験をたくさん積み重ねて、この国の人々はアイデンティティと正面から向き合っているのだなあ……と思う。


移民が社会に溶け込むための支援や制度はもちろん必要不可欠だ。同時に、迎える側の社会や組織、個人にも、移民と共によりよき社会を実現する覚悟や多文化適応力が求められている。


(オーストラリア在住ジャーナリスト 南田登喜子)


ニューリーダー 2019年5月号掲載

<世界総覧>~世界はどう動いているのか~「オーストラリアをもっと知ってほしい」



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